記 憶 の か け ら

文/三浦 奈々依(フリーアナウンサー)

 以前、あるアーティストと好きな作家、小説について話した事があった。個人的に彼の生み出す曲の世界は、独特な匂いをもつ言葉で綴られた、上質な短編小説のようだと感じていた私は、彼がどんな本を読んでいるのかとても興味があった。
 彼は私が思っている以上にたくさんの本を読み、またそれは古典文学とよばれるものから現代文学まで多岐にわたっていた。そうした話の中で、彼は好きな作家の一人として村上春樹の名前をあげた。
 私は二十歳を過ぎた頃初めて『ノルウェイの森』を読み、一週間近くあの重い空気から抜け出すことができずブルーな思いをしてからというもの、他の作品にも手を伸ばすことはなかった。でも『ノルウェイの森』の〈 不完全な記憶 〉という表現は、強く私の心に響いた。
 あの頃の私は、記憶は不完全なものであるということをまるで意識したことがなく、ましてや私たちが今思い出すことができる記憶には限りがあり、もしかしたら私達は一番肝心な部分の記憶を失っているのかもしれないなんて思いもしなかった。
 しかし何かの拍子に今まで一度も思い出すことがなかった過去の記憶がリアルに蘇り、ハッとした経験は誰にでもあるだろう。きっかけはとてもささいなことだ。たとえば思い出の場所、また懐かしい誰か、時には匂いがきっかけとなって忘れかけていた思い出がいっきに蘇ってくることもある。私はあの時初めて、記憶は不完全なものだということを意識した。

 少し勇気はいったが、私は正直に『ノルウェイの森』を読んで感じたことを彼に話した。
 すると彼はもう一度だけ読んでみようよと笑った。そしてもし読んでみる気になったら『蛍』という短編小説を探してごらんと話してくれた。
 それからしばらくしてフラッと立ち寄った書店で、何かおもしろい本はないかとウロウロしていた時、何気なく目をやった棚に偶然彼の話していた本をみつけ、どうしようかなとちょっと躊躇したものの彼の言葉を思い出し、思い切って買うことにした。
 まるで小学生がクレヨンで描いたような不思議な絵に包まれたその本を、家に帰っていざ読み始めてみると、私はあっという間にその本に夢中になり、気がつくとすごい勢いで次から次へとページをめくっていた。
 大学生の「僕」と、自殺した親友の恋人との時間が、想いが、「僕」の言葉を通して語られる短編小説だった。
 物語はとても静かに進行してゆく。
 でも淡々とした言葉の裏に、救いようのない深い痛みを感じる、それはとても切ない物語だった。
 その物語の中で「僕」が、「女の子にあげるといいよ。」と寮仲間から瓶に入れられた小さな蛍をもらうシーンにさしかかったとき…あれっ?…と思った。初めて手にした本なのに何故か読んだことがあるような不思議な感覚におちいったのだ。最後に物語の中で蛍は、何かを思いついたようにふと羽を広げ淡い闇の中に消えてゆく。
 すべて読み終えたあと、この感覚はなんだろう?としばらく一人で思いをめぐらし、私はもしかしてと思い、押し入れの奥にしまっていた古い本箱から『ノルウェイの森』をひっぱりだして、パラパラとページをめくり蛍という文字を探した。そして私はこの短編小説『蛍』がベースとなり、『ノルウェイの森』が生まれたことをそこで初めて知り、思わず吹き出した。
 強く心をつき動かされたその物語を、私はずいぶん前に読んでいた。でもその章を読んだ記憶さえ全く残っていなかったのだ。
 本当に人の記憶は不完全なものである。
 もしかしたら、一生思い出すことがなかったかもしれないそのすばらしい物語と、もう一度新たな思いで向き合うチャンスをくれた彼に深く感謝しながら、私はあらためて活字の力を感じた。
 「活字離れ」という言葉を頻繁に耳にする昨今、あらゆるものが簡略化されどんどん便利になってゆく世の中で、自分の意志でページをひらき活字の世界にちりばめられた思いを一つ一つ拾い上げながら読みすすめてゆく小説を、面倒くさいと感じる人も多いかもしれない。自分が動かずにいても周りにはさまざまな情報があふれ、日々めまぐるしいスピードで時間が流れ、情報という新しい波に乗り続けようと思えば思うほどゆっくり考えている暇はない。立ち止まることはできない。自分の前にある選択肢は無限に広がり、いったい自分はどの道を選ぶべきなのかを考えあぐねる日々が続くばかりである。
 そんな毎日にあってゆっくり本を開き、無機質に並んだ黒い活字が伝えようとする思いに静かに耳を傾ける心の余裕などもてるわけがないのだ。でもだからこそ、人と人とのつながりまで簡略化されそうなこの世界の中で、時間を忘れ、一対一でむきあう活字の世界は、常に新しい息吹とともに決して忘れてはいけない大切な何かを昔も今も変わらず私達へと届けてくれるような気がするのだ。
 繰り返されていく毎日の中で自分らしさを失いかけた時、ほんの一瞬時間を忘れ、どことなく懐かしい匂いのする一冊の本を開いてみる。そこには人の思い、風景、匂い、そしてさまざまな人生があり、私達が失いかけているものをそっと活字を通して心の中に運んでくれるはずだ。
 私の記憶の中から久しぶりに蘇ったあの物語の中で、小さな蛍が闇に消えた後、ささやかな光だけは「僕」の前をさまよいつづけていた。
 実体のない不完全な記憶は蛍が放つ光のようにあいまいで、そしてどんなに必死になって手を伸ばしても、決して触れることはできない。
 でも長い時間の中で記憶が薄らいでいけばいくほど、逆に痛いほど理解できる思いがあることを「僕」と共に知り、不完全であるからこそ人は、その記憶のかけらをしっかり胸に抱き生きていこうとするのかもしれないと、あらためて私は感じている。

 ささやかな光を残して消えていったあの蛍のように、記憶はいつか薄らぎ、あとにはその記憶への私達の思いの強さだけが残るのかもしれない。

北 の 町 に て

文/木村 慎一郎

 今年の夏はほんとうに暑かったが、皆さんはどのようにお過ごしになっただろう?
 ぼくは7月に、一週間ほど仕事で青森に出張する機会があった。ぼくの仕事は旅が多く、人からは羨しがられることもあるのだが、仕事での旅は、たいていの場合スケジュールに余裕がなく、旅の風情を味わうなどということからはほど遠いことが多い。しかし、たまたま今回は日程的にけっこう余裕があり、碇ヶ関から弘前、板柳、五所川原、蟹田など、その土地土地の風情を味わいながら津軽半島一帯を、比較的のんびりとまわることが出来た。各地を営業車で走りながらいろいろ感じることも多かった。
 ぼくは自分の青春時代にはなんの後悔もないけれど、ただひとつだけ、ひとり旅をしなかったということだけには内心忸怩たる思いがある。もしこれを読んでいる十代の若い方がいらっしゃったら、どうかひとり旅をしてほしいと思う。今はJRでも安い切符が出ているから、バックパックひとつ持って今すぐ出掛けて欲しい。お金を使わないで、時間をかけて。アルバイトやロック・バンドはいつでも出来るけど、ほんとうの、ほんもののひとり旅というのは十代のうちにしかできないのではないだろうか?と、ぼくは思うことがよくある。大人になると仕事に追われ時間に余裕がなくなるということももちろんあるし、十代の時のように何を見ても新鮮な感受性も鈍くなっているということもある。十代の若い貴重な時間は、勉強とスポーツとひとり旅に費やして欲しい。それ以外のことは大人になってからやればいいのです。と、まあ、我ながらよく言うよとは思うが、今頃僕は思います。「ふざけんな」とお感じの方は聞き流してください。
 話がそれた。そんな半分仕事、半分休暇の旅の最中、雑誌でも買おうとふらりと立ち寄った弘前の本屋に、平積みの太宰治のコーナーがあった。なるほど、そう言えば太宰は津軽の出身だったなと思い起こし、これも旅の一興と『津軽』の文庫本を買った。弘前のビジネスホテルの食堂で缶ビールを飲みながら、読み始めた。
 太宰の小説は高校の頃、一時期熱病に浮かされたようによく読んだ。あまり指摘されないことだが、太宰の小説というのは意外に文章が平易で、読みやすいものが多いのである。頭の良くないぼくでもスラスラ読めた。長さも極端に長いものはほとんどなく中・短編が多い。どの作品にもハッとするような気のきいた箴言がちりばめられており、そのセンスは現代のたとえば優れたポップソングのライターのセンスにも通じるものがある。そういう意味では文豪と呼ばれる作家たちの作品の中では比較的取っつきやすいのではないだろうか。(もちろんその中に込められたテーマはそんなに気安いものではないにせよ)ぼくは高校の頃、太宰というのはどこかロック・ミュージシャンのような作家だなとずっと思っていた。退廃的で、自堕落で、気取り屋で、ナルシスティックで…。そして、なによりも偽善を憎むという青臭い倫理観。当時人気があったザ・スミスというイギリスのバンドの曲を聴いた時は、これはまるっきり太宰治の世界だなと思わず感じ入ったものだった。
 太宰の文学は青春の文学であるとよく言われる。若い時代の一時期に熱病のようにとりつかれるが、大人になり社会に出るとほとんど省みられなくなるという意味である。そういうところもいかにもロック的だなあと思った。
 ただしぼくが今回手にとったこの『津軽』という作品は、それら退廃的なイメージの太宰像とは大きくかけ離れた作品であった。ここにはいつも死に場所を求めていたような暗く不健康な太宰はいない。軽妙洒脱な筆致で描かれた健全で明るく、あたたかなユーモアが全編に横溢しており、読んでいて何度も吹き出してしまうような、ある意味で非常に心地よく、楽しい作品であった。

 この小説は、昭和19年の春に、太宰が3週間ほどかけて故郷の本州北端の地、津軽半島を旅行した際の紀行文である。ちょうどぼくが旅をしている足取りと同じ道すじを、60年近く前に太宰が歩いていたのである。この奇妙な偶然の一致にぼくは密かに興奮した。たとえば浅虫の温泉旅館の描写で、「宿賃がおやと思うほど高くなかったら幸いである。」なんていう描写を読むと、つい数日前にこの近辺の温泉旅館にお世話になった身の上としては、面白くて身を乗り出してしまう。 
 太宰は、故郷の風景と、そこで出会った人たちの姿を、せいいっぱいの愛情を持って、一貫したユーモアあふれる描写で書きつづる。ぼくは、太宰のユーモアの感覚が好きだ。たとえばこんな描写がある。故郷の友人たちと、三厩へ歩いて向かう道の道程で、太宰は途中で出会った魚屋の行商のおばさんから、2尺もの鯛を値段の安さにつられてつい買ってしまう。それをぶら下げて歩く姿はいかにも珍妙に見え、「ツマランものを買ったねえ」と友人たちに言われる。「これを宿で一枚のままで塩焼きにしてもらって、大きい皿に乗せて、みんなでつっつけば、ちょっと豪華な気分にひたれると思ってね」と太宰は答える。
 宿につき、女中に「このまま塩焼きにして持ってきて下さい」と頼むと、あまり利口そうでない女中はキョトンとしている。不安に思った友人が「そのまま塩焼きにするんですよ。三人だからといって、ことさらに三等分する必要はないんですよ。」と念を押すが、女中はやはり要領を得ない表情をしている。果たして、出たお膳では頭も尾も骨もなく、ただ鯛の切り身の塩焼きが5きれ、無惨なかたちで皿に乗って出てきた。3当分するなと言ったら5当分されて出てきた。そこでおおまじめに「悔しい、やりきれない」と憤慨する太宰。そういう太宰のユーモアの感覚はほんとうに達者で、笑ってしまう。
 もちろんこの物語でも、根底に流れるのは旧家に生まれたものの暗い宿命である。その暗い哀しみは、この明るくさわやかな風土記でもところどころに深い陰影を残す。また、その哀しみがあるからクライマックスの伯母「たけ」との再会のシーンなども、より深い感動がある。
 ただ全体としては、こういう健全で、バランスの取れた太宰治の世界はほんとうに味わい深いなあとあらためて感じた。十代のロック少年だったぼくは『人間失格』に大きなショックを受けたが、当時だったらあるいはこの『津軽』のおもしろみはわからなかったかもしれない。30代をすぎてある程度ものごとがわかるようになってきた自分だからこそ、この『津軽』の世界は、ある意味『人間失格』よりも魅力的に感じるのだ。今、十代のロック少年にはぼくは太宰の『人間失格』をすすめたいと思うが、ぼくと同世代の仲間には太宰だったら、ぼくはむしろ『津軽』を読んで貰いたい。一面的にとらえられがちな太宰文学の、隠れた豊かな世界がここには大きく羽ばたいている。
 大人になってからの一人旅も、なかなか良いものなのかもしれないな。